結婚式の舞台裏

結婚式の舞台裏

昔から、一生懸命に働く人を見るのが好きだ。

「プロフェッショナル仕事の流儀」、「カンブリア宮殿」、「情熱大陸」、Netflixの「アートオブデザイン」とか、働く人の映像を見るのが好きだ。

「プラダを着た悪魔」も好きだし、「マイ・インターン」「ソーシャルネットワーク」「スーツ」なんかも好きだ。

漫画でもそうだ。スポーツ系の少年漫画よりも、働く大人が好きだ。「左利きのエレン」とか、サイコー。

一人で黙々とプログラミングをしたり電気配線をしている時期なんかは、暇さえあれば「アートオブデザイン」を繰り返し観る。

ポッドキャストで原研哉の「低空飛行」を繰り返し聴く。

憧れているわけじゃない。単純に、頑張っている人を見ると元気が出てくる。

そんなぼくにとって、自分の結婚式は最高の時間だった。

THE CONDER HOUSEで結婚式を挙げた。

結婚式、挙げてみると想像以上にいい体験だった。

人数は絞らないといけなかったけれど、自分にとって大切な人たちに囲まれて祝福される幸せ。あんな幸福は二度とないんじゃないかと思う。

ただ、こっちは結婚式を挙げる前から知っていた(予想できた)幸せである。

それとは別に、予想外の幸せがあった。

結婚式の舞台裏を見れたことだ。

感動した。あれこそサービス業の極みだろうと思う。

THE CONDER HOUSEはやりすぎなくらい凄かった。

改めて考えるに、結婚式を成功させるには幾つもの要素で卓越した成果をあげねばなるまい。

まず、空間である。THE CONDER HOUSEはハッキリいってこれが桁違いだ。

どう桁違いかと言うとデザインがずるい。

薄暗いエントランスから一歩入ると、いきなり別世界である。とつぜん目の前に現れるレッドカーペットの大階段。それを中心に設計された和洋折衷の空間は、大正ロマンの極みである。

ディズニーランドのウォークスルー型アトラクションに入場したときくらいの別世界感がある。

あの空間を演出し続けるために、日々の企業努力をどれだけ重ねているのだろうか。想像するだけで怖くなる。

結婚式を挙げなくてもレストランを利用すれば体験することができるので、強くオススメする。春巻きがむちゃくちゃ美味い。

結婚式は一大プロジェクトである。

スタッフらの苦労は想像を絶する。

空間、音響、映像、花、司会、すべてにおいて高得点を求められる。高得点というか、たぶん常に最高得点を求められる。

しかも、予算に限らずだ。

お花がしょぼくても「お客様のご予算だと……」なんて言えまい。

予算に限らず、常に最高得点を求められる。

しかもだ、すべてにおいて最高得点を求められるのに、すべての中心にど素人である新郎新婦がいる。

スタッフへのプレッシャーは想像を絶する。

僕は結婚式を挙げるまで知らなかったけれど、入場の仕方から挨拶の仕方、退場までの流れ、新郎新婦は当日に知るのである。

しかも、直前に知るのである。

入場の作法は入場の五分前にレクチャーされる。

新郎が焦りに焦ってコチコチになっちまっても「大丈夫ですから」の一言で片づけちまう。

やっつけ仕事。ではない。「何が起きてもなんとかしますから」の笑顔である。

式が終わって、スタッフに感謝を伝えると、お決まりの言葉が返ってくる「お二人が作り上げた結婚式です」と。

んなわけあるか!

新郎新郎があげ下げしたお皿は一枚もない。

新郎新郎が挿した花は一輪もない。

新郎新婦の一挙手一投足すら、式場のスタッフによってデザインされたものだ。

涙がでるほどいい仕事である。

入場のとき、扉を開けてくれたのは新卒よりも若く見えた。インターンシップだったのかもしれない。

緊張する僕に見せた彼女らの顔が忘れられない。彼女らは僕と同じくらいカチコチの顔をしていた。

それでも、プロであろうと必死に背筋を伸ばして待機していた。

彼女らの必死な顔を見たとき、いい仕事だなと思った。

彼女らが、先輩らの仕事を心から尊敬しているのが伝わってきたからだ。

今、思い出しても凄まじい。新入社員にあんな顔をさせるほど、僕は真剣に働いているだろうか。

結婚式の舞台裏は、社会人なら誰だって心打たれる絶景である。

ああ、あの舞台裏がもう一度見たい。

だからといって、もう一度あそこで結婚式をあげるようなことになったら、それこそ彼ら彼女らの仕事を裏切ることになる。

妻との生活がどうにも上手くいかないとき、担当してくれたウエディングプランナーの笑顔や、扉を開けてくれた新人ちゃんたちの真剣な顔を思い出すことがよくある。

男と女にはいろいろあるけれど、誰かの真剣な仕事は裏切りたくないものである。