新しい「お疲れさま」

新しい「お疲れさま」

「お疲れさま」にかわる言葉があればいい。

お疲れさま。その一言に込めた気持ちは、もしかしたら「おかえりなさい」かもしれないし、「大丈夫?」かもしれない。

状況によっては、「ありがとう」かもしれないし「なんか飲む?」かもしれない。

「お風呂入っておいでよ」かもしれないし「唐揚げ! 唐揚げあるよ!」かもしれない。

たいていは「お疲れさま」とだけメッセージを送ることが多いと思う。

反射的に「お疲れさま」と送る場面で、一度立ち止まって、自分の気持ちにピッタリな、お疲れさま以外の言葉を探してみると、あんがいと言いたいことは多い。

それでも、やっぱり「お疲れさま」とだけ送る。

「ただいま」には「おかえりなさい」がしっくりくるように、「お疲れさま」でないといけない場面は多い。

ニュアンスを伝えるために、スタンプや絵文字、顔文字をそえる。

やりとりがlineなら、ちょっとしたギフトをそえるかもしれない。

メッセージでのやりとりでは、会話に比べると時間に余裕があるのだから、たとえ最終的に送る言葉が「お疲れさま」の一言だけだとしても、自分の気持ちは立ち止まって確認しておきたい。

「頑張って」も、かわりになる言葉が欲しいところである。

僕は昔から、頑張っている人に「頑張れ」と言うのが苦手だ。

(いやー。頑張ってんだよなコイツ)

と、心の中で思ってしまう。

「頑張って」よりも、どちらかと言うと「お疲れさま」と言ってやりたいことが多い気がする。

「頑張って」のかわりの「お疲れさま」ですら、意味はひとつに定まらない。

「すっげえよなお前!」かもしれないし、「心配になるわ」かもしれない。「いい結果が出て欲しい」という願いかもしれない。

だから、僕には「頑張って」を言いたい場面なんてめったにない。それしかないから、仕方なく「頑張って」と言うことが多い。

「元気になるプレイリスト」があって「元気な人が聴くプレイリスト」がないのと一緒だ。

「頑張れない人に言う頑張って」はあるけど、「頑張っている人のためになる頑張って」はないと思う。

だから、「頑張って」と送るときには、少しだけ「ごめんね」の気持ちを込めながら、「頑張って」の言葉を送る。

ごめんねの気持ちは誰にも伝わることなく、自分の中で後味として残るだけで、やがて消えていく。

でも、その後味はただ消えていくだけじゃない。後味の分だけ、頑張り屋さんなその人のことを、前よりも少しだけ尊敬する。好きになる。

もし、その人が頑張った後に、また僕の前にひょっこり現れてくれたら、そんな嬉しいことはない。

そしたら僕は迷うことなく、新しい気持ちを上乗せした、その人のためにとっておいた、初めての「お疲れさま」をその人に送る。

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