妻にブイブイいわせたい

新しい「お疲れさま」

数日前、僕は「恋に落ちたら、趣味も仕事もほっぽり出して会いに行きたくなる」と書いた。

そんな恋をしている期間はまさに人生バラ色、なんでもない日常の風景を写真に撮って想い人に送りつけたくなるし、どんな冗談を言えば笑ってくれるだろうか、と会話のイメージトレーニングは入念にする。

もちろん仕事なんて手につかない。

納品書の処理を忘れて経理に怒られる。マシニングセンタの工具長補正を忘れてドリルを爆散させる。うっかり本ちゃんのExcelBookに書きかけのプログラムを走らせてデータを木っ端みじんにする。ドライバの制御電源に200Vを入れて破裂させる。

ハルマゲドン級の失敗を重ねても、あの子を想えば頬は緩む。

散々な一日を送っておいて、彼女には平気な顔で「いやあ、今日はよく働いたよ。ダメなんだよね、俺ッチがいないとさ」なんて言ってみせる。

恋に落ちたらバカになるのか、バカだから恋に落ちるのか、はたしてどちらか。

歳をとると賢くなって恋ができない。なんて言うのだから、やはりバカだから恋に落ちるのではないだろうか。

しかし、おバカさん。が許されるのは恋愛期間のみである。

結婚するとてんでルールが変わってしまう。

水鉄砲をぴょんぴょん撃ち合ってはしゃいでいた恋愛期間は、チャペルの鐘が鳴るなりあっさり終わる。二人は水鉄砲を捨て、実弾の装填された銃に持ち替える。

結婚した男性がまずはじめにすることは、前頭葉の下部にある言語中枢と、口の神経の連絡を切断することだ。

とにかく、思ったことを喋っちゃいけない。

妻が、鏡の前に立って自身の二の腕の太さをはかっている時に、

「よっ!大将!」とか言っちゃいけない。

妻が白と黒のストライプシャツを着ているときに、

「あれだね、ウルトラマンの怪獣、ダダみたいだね」とも言っちゃいけない。

いつだって、最初に浮かんだ言葉はだいたいNGだ。

とにかく、男は黙って微笑むにかぎる。

女性とは不思議な生き物である。

恋愛期間中は一緒に居て楽しい男を求めるくせに、結婚した後は聞き分けのいい微笑むだけの男を求める。

独身でブイブイ言わせている男どもは、微笑んでうなずくことしかできない既婚の男を見て、

「けっ、なーんであんなつまんねえ男が結婚できたんだ。俺が女ならあんな男は絶対に嫌だわ」

なんて思おうかもしれない。

信じられないかもしれないが、我々も君らぐらいの歳の頃には、妻に失礼な冗談のひとつやふたつポンポン投げていたのだ。と教えてやりたくなる。

もちろん当時の妻は、優しく笑ってくれた。

しかし、結婚生活に突入すると気付く。彼女は今までお客様モードで接してくれていただけなのだと。

気づいてしまったら最後、お客様モードをやめた妻に何を喋っていいのかなんて分からない。

いつだって、微笑んで頷くしかない。

なにが一番怖いって、このブログを読んでいる女友だちがみんな、微笑みながらうなずくであろうことが怖い。