読者諸賢ごきげんよう。今日は少し昔の話をしよう。
私の人生に大きく関わることになるある老婆の話である。
その老婆は占い師だ。いかにもな風貌で、いかにもな小さな部屋にこもって、いかにもな口ぶりで老若男女に分け隔てなく片っ端から未来予言をしていた。
未来予言について老婆はまったくの無責任であったが、とにかく当たったのだから評判は良かった。
ある日、老婆の占い部屋に若い1人の女性がやってきた。
その女性はまったくありがちな話であるが、己が恋愛的運命を占ってもらうつもりであった。
しかし、老婆は多くを語らなかった。
ただ一言、彼女のその後の人生を大きく変える予言をした。
たった一言で、運命は大きく動いた。
老婆は言った。
「あなたは、欲しい物を全て手に入れる。」
その一言は彼女の心の奥に沈んでいった。そして心の奥底にしっかりと根をはった。
言葉とは恐ろしいものである。慎重に扱わなければ、あまりにも簡単に1人の人の人生を変えてしまう。いや、あの日彼女がその老婆と予言に出会うのもやはり運命であったと言うべきか。
彼女はしばらくその話を、占い師に面白いこと言われたと友人に語った。笑い話であった。
しかし、心の底で根を張った言葉はやがて、その女の心を変えていく。
やがて彼女は己でも気付かぬ間に、己の人生は全てを手に入れることができる人生だと確信を持つようになった。
占い師の無責任な言葉が、彼女の心を変えてしまったのである。
彼女がその後の人生で、人々にもたらした厄災については、皆もご存知のことであると思う。
そうなのだ。彼女こそが後に私の妻となる女性であった。
占い師が「あなたは、欲しい物を全て手に入れる。」と私の妻となる女性に言い放ったその瞬間に、私の運命も抗えぬ激流に飲まれたのである。私が生涯をかけて奪われる側に回ることが決定した瞬間であったわけである。
今一度、占い師に文句を言いたいところであるが、オソロシイ予言の言葉でもぶつけられるのが怖いので、文句は言わないことにしている。
しかし待て、奪われ続ける人生にも楽しみ方はある。
私は前向きでたいへんな努力家であるから、人生の指針はたった一つである。
金銭的にも、ユーモア的引き出しについても、奪われ尽くせぬ男であり続ける他に道はない。
これは、人生を賭けるには充分すぎるほど、面白いテーマであろう。
