「夜は何食べる?」
と、僕は今までに何人の女性に訊かれただろう。
夜ご飯をご一緒することを前提に、女性から会話を持ちかけられることを、ぼくは幸せだと思うべきだろう。
しかし、この質問に上手に答えられたことは一度だってない。
いつだって僕は、
「うーん、今はまだわからないよ」
くらいの返事しかできない。
僕が、そんな頼りない返事をするたびに、目の前にいる女性は、(あら、こんな簡単な質問にも答えられないの?困っちゃったわね。夜ご飯どうしましょうか)と、呆れた顔をする。
どうして。
どうして女ってやつは。
どうして女ってやつは、昼飯を食べている最中に、夜ご飯のことを訊いてくるのだろうか。
ぼくら男の脳みそでは、少なくとも僕の脳みそでは、そんな先の先のことを考えながらメシを食うことなんてできない。
目の前のハンバーグをフォークとナイフで突いているときに、僕が考えていることと言えば、ソースをつけようか、そのまま食べようか、くらいである。
男と食べているときは楽だ。
「おい……、これうまいな」
「あァ」
これだけでいいんだから。
それなのに、女は訊いてくる。
「ねえ、夜ごはんは何にする?」
おい、僕はまだ昼飯に頼んだ目の前のハンバーグを切ってるところだろ? 一口だって食べていないんだぜ? とっととそのアサイーボウルを食べ始めろよ。
だいたい、男の脳みそってのは、そんなに一度にいろんなことに集中できないようにできているんだ。
先のことなんて考えてちゃ、今食べてるハンバーグの味がわからなくなっちまう。100グラム1500円だぜ? ゆっくり食べさせてくれよ。
太古の昔からそうなんだ、男ってやつは一つずつタスクをクリアしていく生き物なんだ。
女みたいに、あの毛皮は三つにわけて、コートを一枚とテーブルクロスを一枚、後は細かく刻んでハンカチにしましょうか、十時のおやつにはお隣さんにもらった木の実があるけれど、三時のおやつにはお隣さんにお返しをしなくちゃ。あら、夫は今日はイノシシを狩ってくるって言ったわよね、でもあてになんてならないわ。お昼のうちにキノコでも摘んでおいた方がいいかしら。
なんて複雑なこと、男は考えちゃいなかったはずだ。
友だちと狩りに出かけて、獲物をとって、夕方に帰って、奥さんが料理している間にビールを一本飲んで、食って、寝る。シンプルな生き物なんだ。
だから、女がいなけりゃ、我々男は冬だってこせやしない。
そんなシンプルな生き物だから、今日はイケそうだぜ。なんてディナーのときは、逆の現象が起きる。
目の前のことがわからなくなるのだ。意識はディナーの後の段取りに飛んじまってる。
出てきた肉が100グラムで2000円しようが、注がれたワインがグラス1800円しようが、味なんてわからなくなる。
ただ目の前に出てきたものを口に運ぶだけだ。さっき食べたのがパセリなのかブロッコリーなのかだってわかっていない。
しかし幸運なことに、この男のシンプルさこそが、男女の仲を支える。
女という生き物が何をしていたって、いつだって、頭の中でありとあらゆることを考えている。なんてことを、男は勘づいたとしてもイチイチ覚えちゃいられない。
まさか、抱き合っている真っただ中に、目の前で顔を歪めてア行五音をとなえている女が、(明日の朝ごはんは何を食べようかしら。あらやだ、クレジットの支払い明日じゃない?)なんて考えているとは、つゆほども思わない。
男とは幸せな生き物である。
だから、聡明な女性は、男という生き物に期待しないで頂きたい。
昼ご飯の最中に夜ご飯のことが考えられないような生き物なのだから、キスをしたくらいで、二人の収入から見積もられる結婚生活や老後の年金問題まで考えられるわけがないのだ。