今の時代、何が一番怖いって、ドキュメンタリーが一番怖い。
他人に言われて一番ドキリとするセリフと言えば、
「あのドキュメンタリーは観たかい?」
だろう。
ぼくは、毎日食べたいくらいにアボカドが好きだ。切って醤油をかけるだけでいい。ハッキリ言って、アボカドの刺身は大トロよりも美味い。
気持ちよくアボカドに食らいついていると、どこからともなく聞こえてきた。
「アボカドがマフィアの資金源になっているって知っていたかい?」
知るわけがねえ。
アボカドの最大生産国メキシコで、バンバカ売れるアボカドにマフィアが目をつけたそうだ。
マフィアによるアボカドの強奪、アボカド農家への恐喝、誘拐・殺害。なんでもありらしい。アボカドは世界で、グリーンゴールドと呼ばれている。
アボカドをめぐるドキュメンタリーは血にそまっている。さながら、映画「ブラッド・ダイヤモンド」である。(あまりオススメしない)
ぼくは、どうか健全なサプライチェーンであってくれと願いながら、アボカドを食べるようになった。
そして、アボカドの身がちょっと痛んでいたくらいで文句をたれていた自分を恥じた。
今では、なるべくおごそかな雰囲気でアボカドとは向かい合うことにしている。
何かしらのドキュメンタリーを観るたびに、気持ちよく食べられる食品が減っていく。
すでに、我が家の食卓からはハムとウインナーが消えた。妻がすっかり怯えてしまっている。
ぼくはハムもウインナーも好きだから、妻が観たであろう加工肉のドキュメンタリーは絶対に観ないよう心掛けている。
我々は、ドキュメンタリーから自衛する術を学ばねばなるまい。
怖くても、あまり響かないドキュメンタリーもある。
加工肉にも添加物にも厳しい妻だけど、プラスチックには甘い。
ふにゃふにゃに折れたくった紙ストローで、スタバのコーヒークリームフラペチーノをかき混ぜる妻の横顔は怖い。
加工肉や添加物はすぐに体内に入るから、避けたくなる気持ちはわかる。
だけど、アボカドがマフィアの資金源になっているかもとか、海に流れたプラスチックがめぐりめぐって体内に入るかもとか、壮大な話を前にして、自らの行動を修正するのは難しい。
ちなみに、海に流れたプラスチックにまつわるドキュメンタリーはめちゃくちゃ怖い。
怖い話だけど、少し聞いてほしい。
心配はいらない。怖いけど、どうすることもできなすぎて、すぐにどうでもよくなるから。
プラスチックは非常に安定している物質で、ペットボトルにいたっては400年くらい自然分解されない。
安定しているから、体内に入っても、ウンチになって出てくるだけだから大丈夫。と、一時期は説明されていたが、今は違う。
プラスチックは安定した物質だが、他の有害物質と結びつきやすい。
1972年に生産も輸入も禁止されたPCB(ポリ塩化ビフェニル)は、今も海を漂っている。これとプラスチックがくっつきやすかったりする。
「まあでも、魚の中にちょっぴり入って、それがちょっぴり私たちの身体に入るだけでしょ?」と、思っていた。僕はそう思っていた。
ドキュメンタリーは許してくれない。
生物濃縮、という言葉が、のっそり目の前に現れる。
誰だって、食物連鎖はご存知だと思う。
小さな生き物が大きな生き物に食べられて、それがまた大きな生き物に食べられて、また食べられて、そうやって命は、栄養はめぐっていく。
食べられる下位の生物の体内に有害な物質が1あるとしたら、上位の生物の体内には2500万倍の有害物質がある。それが、生物濃縮である。
そして、その上位の生物を刺身にしたりムニエルにしたりしてホクホク食べるのが、我々人間である。
こんなこと、知ったところでどうすることもできない。
もはやどうするつもりも起きない。ライフゴーズオンである。
ただただ、少し背筋を伸ばして、なるだけおごそかな感じでアボカドや紙ストローと向き合うばかりである。
紙ストローしかり、世界中の賢い人たちが少しずつ世界を変えてくれている。
楽しく生きていくために、なるべく前向きに世界の変化と付き合っていく工夫は必要だろう。
そんな工夫に満ちた、ポジティブなドキュメンタリーだってある。
ぼくは紙ストローが好きだ。
あれで飲み物を飲んでいて、ストローがふやけてくると、高校生時代に飲んだ紙パックのリプトンを思い出すからだ。
今でも、デートの最中なんかに飲み物が紙ストローと一緒に出てくると、ぼくは心の中で一人、喜んでいる。
そんなときは、なんだかあの頃と同じくらい爽やかな思い出が、現在進行形で増えているような気がしてくる。
実際、きっとそうなんだろう。とも思う。
もしも僕が誰かの隣で紙ストローをくわえてニヤニヤしていたら、気分は高校生で、隣にいる誰かと最高に楽しい時間を過ごしている。
プラスチックストローが紙ストローになったドキュメンタリーなんてあっさり忘れてしまうけど、紙ストローにもらった思い出はけっこう長持ちする。