二年前に、積年の夢をかなえた。
自室にハンモックを設置した。
ハンモック”チェア”ではない。ハンモックと聞いて誰もが思い浮かべるあのハンモックだ。大人が悠々と寝転がれる、あのハンモックのことだ。
ハンモックに憧れたきっかけは覚えていない。
ルパン三世がパンツ一丁で寝転がっていた気がするし、スナフキンが寝ころがっていた気もする。映画「50回目のファーストキス」でアダムサンドラーとドリューバリモアが寝転がってイチャついていたような気もする。
とにかく僕は、小学生か中学生くらいから、ハンモックを自室に設置することを夢に見てきた。
僕は、中学生になったあたりから、真剣な顔をして大きな夢を語りがちだったけれど、あれは崩壊した己の家庭を恥じた少年の、めいいっぱいの強がりだった。
いつだって、欲しい物を考えると、シアタールームとハンモックが真っ先に頭に浮かんだ。他に欲しい物なんてない。
今だって、他に欲しい物なんて思い浮かばない。
買い物に行けば服なんかも欲しくなるけど、それは食べ歩きをしている時に買うB級グルメみたいなものだ。
僕にとってのハンモックは、誰かにとってのロレックスで、ベンツのゲレンデで、エルメスのバーキンで、都内のタワマンだ。
今だって、キャリア的な夢はあるし、それを叶えるための計画もある。計画にそうための努力だって重ねている。
それでも、本当に欲しい物、持って生きていきたいものと言えば、シアタールームとハンモックだけだろう。
人生を賭けて挑むばかりが夢じゃない。安く買ってあっさり叶う夢だってある。
とにかく、ハンモックを買った。夢が叶ったのだ。
キャンプの時にだけ活躍するハンモックじゃなくて、自室に設置する、自立式のハンモックだ。
自室で、ハンモックでゆらゆらしながら本を読む。それが僕の積年のハンモックドリームだった。
家に帰れば、ハンモックがある。それだけで幸せ。な、はずだった。
ハンモックは、二、三日で物置になった。
脱ぎっぱなしのアウターとか、本とか、たまに将棋盤とか、市役所からの書類とか、とにかく物置になった。
僕は、若くして夢を叶えるとロクなことにならない。と、身をもって学んだ。
二年くらい、ハンモックは不安定は物置として活躍した。
もちろん、妻には不評だった。邪魔だと罵られたし(この場合は指摘された。が正しいだろうけど)、強制撤去の危機だって何度もあった。
それでも、僕はハンモックを片付けなかった。
もはや揺れる不安定な物置と化したハンモックを守るために、僕は妻に立ち向かった。それは、戦ったとはとても言えない情けないもので、交渉と言うにはあまりにも一方的なもので、つまり、お菓子やスタバなんかを買ってなんとか妻の機嫌をとってきた。
邪魔だろうが何だろうが、ハンモックは少年の夢で、青年の志で、中年のオアシスであった。
なんだか、片付けてしまったらそれっきりで、あの頃の気持ちとか、思い出とか、全部が「思い過ごし」になる気がして、片づけられなかった。
そして今、ハンモックは再びハンモックとして活躍している。
ハンモックは、二年の下積みをよく耐えた。(上に積んでいたのだけれど)
ぼくがハンモックをハンモックとして必要とする年齢になった時、ハンモックは自分を見失うことなく、ハンモックとして再びぼくの目の前に現れてくれた。いつだって、近くに居てくれたのだ。
ハンモックもよく耐えたが、妻もよく耐えた。どうやら、ハンモックをハンモックとして使えば、妻は小言のひとつも言わない。
悪いのは全部ぼくだった。
ハンモックに寝ころがって、窓をあけて夜風にあたるのが気持ちいい。
奥田民生やT字路sを聴いてもいいし、エリーゼのために、なんかを聴いてもいい。
そして、ゆっくり本を読む。
そして、寝落ちする。
この寝落ちするってのは、ハンモックから僕への予想外のプレゼントだった。
ぼくは結構なアホで、身体が壊れるまで疲れを感じない。
なにをしていても集中しすぎてしまって、眠くなることがないのだ。
何もしなければ眠くなるけど、アホだからいつも何かしている。
妻が居なければ、たちまち昼夜逆転してしまうタイプだ。というか、寝れなくなる。
多分、もし僕が三十五歳くらいまで独身だったら、壊滅的な生活習慣に頭が壊れて、タイラーダーテンと手を組んでいたかもしれない。(映画「ファイトクラブ」観てね。ブラピかっこいいよ。)
ハンモックの上だと何をしていても眠くなる。あんまりにも眠くなるので気になって調べてみたら、ハンモックは睡眠障害を解消するくらいに強力な寝具らしい。
ましてや、我が家のハンモックは「いつかあいつをダラしなく寝かせてやる」と、二年間も胸に秘めながら黙々とゆらゆらと物置として生きてきた。
そんなハンモックにとって、なんちゃって睡眠障害の僕を寝かしつけることなんて、おちゃのこさいさいだ。
ハンモックとは、上手に付き合っていかないといけないだろう。
ハンモックほど欲しくはなくても、叶えたい夢はまだいくつかある。
若くして叶えた夢を貪り食って、永い人生を寝てすごすわけにもいくまい。
ハンモックと共に、適度に休みながら夢を叶えていく。
ハンモックドリームは始まったばかりだ。