年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず。
毎年毎年、花は同じように咲くが、人の身は変わって同じではないという。
大変エモい言葉ではあるが、そのような場面はなかなかない。
まだ三十歳にもなっていないからか、友人たちの姿に変わりはない。
先日、N君と悲願の再開をした。N君からの突然の誘いであったが、なんとか一晩時間を作った。私は仕事後であったから、N君を待たすことになってしまった。
津駅の地下連絡通路を通り、品のある西側の世界から、好き者な男女でひしめく東口へ出た。
そこには高校生の頃から何も変わらぬN君の姿があった。
「少しくらい変わってはどうか」私はN君に云った。
「お前こそや」N君は相変わらずのレスポンスで応えてくれた。
食い気味にくるN君の返しに私は安堵した。
N君は凄腕のリベロだが、会話となるとアタッカーである。華麗にトスを上げるのはもちろん私である。敵陣のコートにはもちろん誰もいない。ひたすらに私がトスを上げ、ひたすらにN君がスパイクを打つ。まったくの無益であるが、楽しいのだから仕方がない。
N君は高校時代、バレー部に所属していた。TVでの中継では実況がN君のことを三重県No1リベロだと評価していてたいへん驚いた。どんな強力なアタックでも、N君の手に触れたボールはポーンと優しく真上に上がった。まさに魔法のようであった。N君のボール捌きにはたいへん感動したが、謙虚さにも感動した。N君は試合の最中にも関わらず一心不乱にコートを雑巾で拭いていた。驚愕の職人技でボールをポーンと跳ね上げ、床を素早く雑巾で拭く。バレーを観て面白いと思ったのはあれが初めてであった。
私は尊敬の念を込めてN君のことを三重県No1べベロと呼んだ。N君はNo1ベベロという一番なのかドベなのかよくわからないその異名を気に入ったそうで、しばらくは自虐ネタとして使ったそうだ。著作権の侵害である。N君には後日使用料を請求するつもりだ。カクゴシロ。
私には妻が、N君には妻子がいる。昔ほどハメを外すわけにはいかないと、我々は無難な居酒屋に入ることになった。津駅東口を出てすぐ右に「トッケビ」という韓国料理屋がある。たいへんライトなお店である。チヂミなんかは駄菓子のようなパリパリのやつが出てきてむしろ期待を裏切らない。とにかく私はチャミスルが飲みたかった。
N君はチャミスルを飲んだことがないと云う。私はチャミスルの正しい飲み方をN君に教示した。Netflixで学んだ私のグローバルスタンダードな酒の飲み方と博識にN君はたいへん感心していた。
チャミスルを飲むには、おちょこに入れてクイッとひと思いに飲むのがマナーである。
そこそこに強いお酒であるから注意して頂きたい。潰れても責任はとらない。
友人との再会の喜びとチェミスルで私は酔った。酔って粗相をしては男が廃るが、酔うべき時に酔えない男もまた情けない。そして私は情けない男ではないので、しっかりと酔っぱらった。
私は「何するどこ行く飲み干すチャミスル」としきりに唱えていた。N君のほうも気持ちよくなってきたのか、「妻子を愛する俺こそチャミスル」と訳の分からないことをぶつぶつと唱えだした。
かくして我々は、桑田佳祐の云うところの「めけめけの世界」というやつに突入したのであった。
営業しているのか営業していないのかよくわからない居酒屋で、まんぼうを食べたり、N君の後輩の営むバーに入って先輩風を吹かせたりしているうちに、都合よく記憶がとんだ。
気づいた時には私の財布の中にあった万札はすべて、源氏名の書いてあるピンクピンクした名刺になっていた。ぽわぽわとした良い気分の私は気にしないことにした。森羅万象を思えば全ては小事である。
隣を歩くN君の方を見ると、N君もたいへん気持ちよさそうな笑顔であった。
N君のおでこには付箋のような紙が貼ってあり、そこには「みずき」と書いてあった。
私がN君の方を見て「みずき」と云うと、N君は食い気味で「誰やねん」と云った。私が聞きたい。
ふらふらと夜道を歩いているとN君の電話がなった。N君の奥様からである。
挨拶と出産祝いの言葉を述べねばならないという使命感に私のぽわぽわした頭は支配された。N君に電話を貸せと強引に奪い取ったが、優しくステキな奥様の声を聞いた途端に私の記憶は再びとんだ。
気づいたら電話は切れていた。N君に聞くと、私は呆れるほど真面目な挨拶と出産祝いの言葉を述べていたらしい。あがり症であるが、本番には強いタイプである。
N君はわけのわからない電車に乗って帰っていたので、私も帰ることにした。
酩酊した私は気持ちよく月の下を歩いた。月も楽しそうに見えるほど幸せであった。
帰ると妻の姿はリビングにない。
寝室をあけると妻はこちらに背を向けて寝ていた。寝ているはずの妻の背からはピリピリした空気が伝わってきた。おかしい。ぽわぽわした頭で思い出してみたが、妻は寝ていても私の生活音に敏感に目を覚ます。
よほど深く眠っているか、寝ていないかのどちらかである。
後者であった。
妻がこちらを振り向くと鬼の形相であった。
閻魔大王の再来である。
慌てた私はとっさに財布を隠そうとしたが、妻の素早い動きに対応できずあっけなく財布を奪われてしまった。財布の中身を見た妻は怒り狂って中身を天高くぶちまけた。私の頭に降りしきるピンクピンクした源氏名の名刺は桜吹雪のようであった。
閻魔大王となった妻は本棚から地獄の六法全書を引っ張り出してきて、無慈悲にも私に釜茹での刑を言い渡した。
妻の閻魔的発想により、帰宅して早早にアツアツの釜風呂に入れられた私は、次の日には二日酔いもなく元気に出勤することができた。
妻は怒っていたが、同時に私のことを愛していたのである。
しっかりとした妻が居ればこそ、友人と共にめけめけの世界へ行ける。
冒険家には未開の地が必要であるが、帰る場所もまた必要である。