筋肉は遠きにありて思ふもの

松尾式自分探索

週に二回、六キロのランニングを習慣にして一月半も経つというのに腹筋が割れない。

私の値打ちに関わるので先に断っておくが、体重は落ちた。

私の体重は一月半で五キロ落ちた。

五キロも落ちたのに腹筋は割れていない。いや、腹筋というものは元々割れている。正しくは腹筋が見えない。分厚い脂肪が腹のまわりにぐるりと巻き付いている。

上裸で鏡の前に立つと、美ら海水族館のマナティーを思い出す。

マナティーは海牛目の動物で、国際保護動物に指定されている。もしも私が津ヨットハーバーのあたりでプカプカと浮いていたら、きっと国立大学の教授なんかがやってきて私を保護するだろう。そして私は鳥羽水族館で飼育されるだろう。

私は一日中プカプカ浮いている。現代の人魚を一目見ようと世界中からたくさんの人が押し寄せてくるだろう。感染症対策はぬかりなくやって欲しい。私の愛らしさのせいで、人々が病に苦しむなんて耐えられない。私の水槽を見学する際には、前の人との間隔を空け、私語は慎み、立ち止まらずに進んで欲しい。眩しいし他のお客様の迷惑にもなるので、撮影の際のフラッシュはご遠慮願いたい。

鳥羽はあおさが美味しい。私は飼育員が投げ入れたあおさをモシャモシャ食べる。あおさに飽きた私は、鳥羽水族館の傍にある料理屋漣(さざなみ)のエビフライが食べたいとヒレをばたつかせる。「漣のエビフライが食べられないなら、名古屋港水族館に移る!食後には赤福氷も食べたい!」と飼育員を脅すであろう。そうして私は涼しい水槽の中で鳥羽の絶品を食べつくす。そして、また太る。

五キロも痩せるといろいろと変わってくる。明らかに凹んだ腹は、食生活が乱れるとたちまち膨らむ。変化がわかりやすいのだ。以前は麦酒を二三日飲んだところで体に変化を感じなかった。今は一晩でも晩酌をすれば、たちまちにお腹の雰囲気が変わってしまう。

近づいたかに思えたシックスパックは、むしろ遠のいたのではないか。

私は今、以前よりもはるかに厳しい戦いを強いられている。

鏡の前で、柔らかな脂肪を掴みながら呟く。

「筋肉は遠きにありて思ふもの、そして悲しく太るもの」