ヘビーパヒューマー

その後の、お尻

社会人になったばかりの頃のぼくは、タバコなんて吸いもしないのに喫煙室に居ることが多かった。

喫煙室にいないと休憩できなかったからだ。

なんだかひどい職場環境だと思われるかもしれないけれど、そんなことはない。喫煙室でないと心が休まらなかった。という意味だ。もちろん事務所で休憩だってできたけれど、課長の視線は怖かったし、休憩をとってない先輩の視線は苦手だった。

喫煙室はよかった。そこではどんな先輩の顔も、どこか抜けていた。

ニコチンで頭がやられていたんだと思う。

ちょっと偉い人が一服しにくることもあったけれど、喫煙室でなら怖くなかった。

喫煙室の中では、どんな先輩らも仕事モードをオフにしていた。

ぼくが仕事の話をしようものなら、先輩は目を細めて、

「おい……この一本が終わるまで、待ってくれよ」

なんて、どこか寂し気な目で頼んできたりするくらいだった。そんな時、先輩も、上司も、まるで遠い故郷に置いてきた恋人のことでも思い出しているみたいに、立ち上る煙が消えていくのを眺めていた。

幸か不幸か、ぼくはタバコを吸うことなく二十九歳になった。

喫煙所でないと心が休まらない。なんて言う立場でもなくなった。

立場が変わるってのは、寂しいことだ。

タバコを吸わない管理職員が喫煙所に行く。これは喫煙者からすれば迷惑以外のなんでもない。

ぼくがそこに座っているだけで、何となく責められているような気になる社員がいるらしい。

つまりぼくが喫煙所に行くだけで、まだ火をつけたばかりのタバコをもみ消して、持ち場に帰る人がいるわけだ。

これは申し訳ない。

喫煙所に設置された自販機に珈琲を買いに行くのも、なんとなく気まずい。

なるべく喫煙所を見ないようにしながら、自販機を利用するようにしている。

喫煙所という憩いの場所からハブかれたぼくは、自分のデスクでボーっとするほかない。

しかし、これにはけっこうな問題点がある。

「ちょっと、いいですか」と後輩や部下が来たときに、ディスクに座ってボーっとしていると何とも気まずい。

こっちとしてはメリハリをつけて休んでいるつもりでも、彼らから見れば「ケッ、のんきに座ってけつからァ」となる。

休憩のたびに珈琲を飲んだりなんかしたら午前中にはすっかり気持ち悪くなってしまう。

今さらタバコを始めるのもアホだ。どうしたものか、と悩んでいたところ、ある文に出会った。

雑誌だったか単行本だったかは忘れたけれど、とにかくぼくが尊敬する原研哉の書いた文だった。

原研哉はひと息つこうと思ったとき、手首にちょっと香水をふきつけて、その匂いでリラックスをするらしい。

なんてかっこいいんだ。

さっそく真似することにした。

二十九歳、香水デビューだ。

ぼくは、なんとなく恥ずかしくて、香水をつけたことがなかった。

これがハマった。

まさに遅咲きの狂い咲き。

香水の匂いが恋しくて恋しくて、休憩のたんびに香水を手首にふって吸っている。

完全なるヘビーパヒューマーである。

タバコがやめられないと嘆くおじさんらの、どこか諦めたような顔の意味がわかった。

ぼくは昔からご飯でも好き嫌いのないタイプの人間だ。だからだろうか、二ヶ月に一度、違う匂いの香水を買っているけれど、今のところ全部好きだ。

高価な香水への憧れも、時々刻々と高まってきた。

アブナイ。これはアブナイ。

愛煙家が、葉巻にハマるようなものだろう。

高価な香水なんかにハマってオーバードーズなんてしようものなら、一家は露頭に迷うこと間違いなしだ。

こうなったら、高級品はひとふりも試さないのが得策だろうと思う。

一度あがった生活水準をさげるのは至極困難だ。

さて、これくらい書いたらいいかな。と思って一服のひとふりをした。十五ml三千円の金木犀の香りは安くない。