嫉妬心について

その後の、お尻

命あるところに恋あり、生きるものはみんな、恋に苦しみ恋に笑う。

咲く花あれば散る花あり。赤青黄色の虫たちが、語らう二人を見つけては、口づけせよとはやし立て、あばたもえくぼと蝉が鳴き、鳴かぬ蛍は身を焦がす。

恋模様は十人十色と言っても、一歩引いて見てみれば、どれもこれも似たような筋書きに見えてくる。

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。とはよく言ったもので、訳も分からぬうちに実った恋はあれど、フラれた理由の分からぬ恋はない。

めくるめく恋恋恋。私も、恋多き人生であったが、「負け」の理由はほとんどハッキリしていて、だいたいは自滅であったと思う。

自滅の理由は決まって嫉妬心である。

美しき恋心がコインの表に描かれているならば、そのコインの裏に描かれているのは、やっぱり嫉妬心だろう。

恋とはおちるものである。

たとえ永い永い人生のほんのわずかな時間だとしても、想い人と一緒に落ちていくのが気持ちいい。

嫉妬に駆られて踏み切り飛び込むのは、ただの単身身投げである。そこに幸せはない。一瞬の浮遊感の後に、砕け散って四散した己の身体が残るばかりである。

大人の恋愛はさながらロデオであろう。猛り狂った牡牛の如き嫉妬心にまたがり、振り回されながらも決して手綱は手放さなずに、命をかけて楽しむものである。

恋愛くらいで命がけなんて大げさだ。とバカにしてはいけない。改めて考えてみれば、メシを食らってようが、トイレでウンウンとクソをひねり出していようが、マインクラフトで土を積み上げていようが、刻々と時間は過ぎていく。

我々、何をしていたって命がけである。

嫉妬心というやつが、どうも私の場合はヘンテコである。

とつぜんだが、時は約十年前にさかのぼる。

夏の夜、時刻は十九時を過ぎたころ、井田川駅という無人駅に、学ランを着た青年が立っている。

読者と筆者は今、彼と無人駅を、天から見下ろしている。さながらドローン撮影だ。青年は遠目に見てもいい男であることがわかる。

少し近づいてみよう。読者と筆者を乗せたドローンカメラが、青年を正面にとらえる。

青年の日に焼けた肌はあくまで健康的で、体脂肪率は一桁、威風堂々たる立ち姿には、どこぞの高校でラグビー部のキャプテンをしているような貫禄がある。

おお、コレは十年前の筆者ではないか。

彼は名古屋方面へと向かう電車を待っている。大好きなガールフレンドに会いにいくようだ。

ガールフレンドがいる桑名駅までは片道でも四十分はかかるが、そんなことは苦でもなんでもないようだ。これぞ若さ、これぞ恋。

彼の学ランのポケットで、携帯電話が鳴る。おお、懐かしい、ガラケーではないか。

むむ、いけない。これはいけない。

ガールフレンドからのメッセージを見た彼の顔が、苦しそうに歪んでいる。

メッセージをのぞいてみよう。

読者と筆者をのせたドローンカメラが、ぐるりと彼の背後へとまわり、気持ちよく刈り込んだ後頭部を避けて、ガラケーの画面をのぞき込む。

むむ、なんだこの写真は。

なにやらキザな感じのするアメリカ男の写真だ。筆者は記憶を巡る。

むむ、そうだコイツは!

ジャスティンビーバーだ。

ああ、いけない。いけない。青年の顔が憎しみに満ちている。

やがて電車が井田川駅に到着し、青年は電車にグイと乗り込む。

ああ、電車は行ってしまった。このブログの尺の都合上、我々のドローンカメラは電車を見送るしかない。

ゴトゴトゆっくり遠のいて行く電車が、嫉妬に狂った青年をガールフレンドのもとへと運んでいく。

読者と筆者をのせたドローンカメラは、とてつもない速度で空高く舞い上がり、街を見下ろす。それでもまだまだ上昇すると、やがて日本全体が一望される。まだまだ、ドローンカメラは上昇を続ける。やがて地球全体がピンポン玉くらいの大きさになり、――パチン。現代に戻る。

私は昔から、嫉妬深い男であった。

昔からと言うからには、今も、である。

ただし、嫉妬心を抱く対象はいつだってワールドクラスである。

たとえば想い人が、合コンになんて行っても(今でも合コンってあるのか?)なんら嫉妬しない。

想い人に彼氏ができても、なんなら結婚しても、嫉妬はしない。

そりゃ少しはするが、身を焦がすほどの嫉妬は不思議としない。

おそらく、私がその男を見下しているからである。

しょせんただの男。恋は永遠ではない。彼女はいずれ俺の良さに気づくさ。

的な論理が私の背骨を支える。

しかし、相手がジャスティンビーバーや藤井聡太、大谷翔平となると話は別である。

無茶苦茶に嫉妬する。

ちなみに、先ほどお見せした高校三年生の筆者が恋焦がれていたガールフレンドは本気でジャスティンビーバーが好きで、アメリカへの留学を強く希望し、外国語大学の受験をひかえていた。

当時のたいせい君は、真剣にガールフレンドがジャスティンビーバーと結婚しちまうのではないかと心配していた。(本気で惚れた女なら、ジャスティンビーバーとだって付き合えると思うくらいには可愛く見えるのだ)

私は、嫉妬に狂って恋をぶち壊したことが多々あるが、嫉妬する対象がどうも一般的でない。

もしも一般人にも嫉妬していたら、私にとっての恋は、もっと苦しい思い出に満ちていただろう。

結婚する前に、妻が三代目ジェイソウルブラザーズを卒業していてよかった。